次に呑む日まで

呑める日が来るまでの往復書簡

観測1

いっそ寒々しいくらい乾いた空気の日のその夜です。


お手紙。交換日記。文通。

 

8歳から13歳くらいまでの5年間くらい、わたしの生活はこういったもので埋め尽くされていた。クラスメイト、塾の同級生、保育園の時の友達、当時好きだった男の子の彼女に宛てて、など。大嫌いな算数の授業中なんかは、もうほとんど全力で手紙を書いていたに等しい(後々成績で苦労することになる)。

つまりだから、おおよそ15年前の自らの行動の遺伝子が、わたしのツイッターで「いいなあ」と言った。

 

(あ、こんにちは。平ちゃんです。

わたしは大学時代の同級生たちの公開書簡を読んで「いいなあ」と言って仲間に入れてもらった人です。大学当時はふたりと別の演劇サークルで、死ぬほどイキっていました。当時から住んでいたあたり、引き続き東京に住んでます。)

 

読んで気づいたのだけれど、私は二人のことを全然知らない。読んでいる本も、仕事のことも、公演のことも。卒業してからもう45年経つのか…怖ろしいな。なんか知らないうちにジュン・チャンはイルカに乗っていたらしいし…八景島で触れるイルカやベルーガたちも最高だけど、泳げるならもっと最高だよね。

とりあえず、タカシナが読み上げたという本は図書館で予約したけれど、なんか全然私の番が回ってこないので買おうかどうか迷ってる。いつも行かない、定期の範囲じゃないほうの館にあったんだよ。回送は大体遅くて、通知が来る前に見に行ってしまうのが常。

 

ふたり、特徴としては、本をためらいなく読むよね?あとわりとしっかりと社会のほうを向いて勉強しているなと思う。それは、白米っていうアウトプットの場を持ち続けているからなのか。

 

二人のことを思い出すとなぜか、白米と一緒にやった公演とかよりもタカシナのいた劇団の本公演をいつも思い出す。なんか、タカシナは立ち姿がくねくねしてるんだよな。なんで立てているのかわからない、そんな風な立ち方のまま殺陣とかやるんだ。敵なのか味方なのかわからないまま、関係性を切り結び続けているんだ。

 

あと付け加えると、私は酒が飲めない。

正確に言うと、タカシナやジュン・チャンと会っていたころには飲んでいなかった薬を服用しているので酒を控えている。だから、「会って飲む」が達成されて、そこを観測することができても、わたしはきっと素面だ。

 

たぶん子供のころも、きっと私は誰の文通相手にもなれていなかった。私の手紙はいつも過剰で、自分の話ばかりだし何なら空想だったりするし、相手からのより23枚便箋が多かった。そんなだから、ちゃんとやりとりを成り立たせているふたりの往復書簡はめちゃくちゃうらやましい。行間に流れる、やわらかい風と湿り気に嫉妬する。追いかけて、同じ風のにおいくらいは嗅げたらいいな、と思う。真似してみたいなとも思うけれど、たぶん私の書くものは別のものになるだろうな。だから、

 

二人の手紙の、観測はじめます。

自分の定期の範囲から少し出られたらいいな。



追伸

タカシナの第三便を読んでいろいろ気になることがあったけれど、まぁおいおい書いていこうと思う。まずはジュン・チャンの返事が気になります。


追伸2

今日は割と私健康だから、不健康な日にまた書くね。


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