次に呑む日まで

呑める日が来るまでの往復書簡

第七便

タカシナです。早く寒暖差が落ち着いてほしい今日この頃。
ジュン・チャンと電話している最中に我が家の犬が部屋に突入してきて、目を離した隙に布団の綿を引っ張り出すという事件があり、電話越しにうちの犬のパワーを感じたジュン・チャンが「次の書簡はもう犬スペシャルでいいんじゃない?」と言ってくれたので、第六便の話は次に譲って、お言葉に甘えて犬の話をします。うちの犬の話。あと私の情緒の話。

愛おしさと疎ましさは私の中で少し近い位置にある感情だと思う。という考えが、もう随分前に、家族について友人と話していてふっと出てきたことがある。自分では感覚的に結構しっくりきた考えだったのだけど、うまく説明ができなくてそのままLINEは流れていった記憶がある。

例えば父親がうちの犬を見て心から可愛い可愛いと言っているのを見たときに、羨ましいなあと思うことがある。可愛い、愛おしいという気持ちを純度100%で抱いててらい無く表出するまっすぐな単純さが私にはないような気がする。
それでも犬が家に来て、私の情緒はかなり発達したように思える(語弊のある言い回しだが、実感としてそうなのだ)。犬は可愛い。たぶん可愛いから怖くて怖いから疎ましい。犬を見ていて、「は~可愛い可愛すぎる~~~」と思う、その気持ちが臨界に達すると切なくなる。こんなに可愛い存在が恒久でないなんて信じられない。千年一緒にいたい。でもいられないので既にほんの少しだけ悲しい。でも永遠の命が幸福をもたらさないことはヴァンパイアや鬼をテーマにした作品を通して嫌というほど知っているので、結局のところこの幸福な日々を享受して大切に過ごす以外にない。
幸福な日々、といっても日々の中に多くの出来事があり平坦ではないのだが、いつか振り返ったときに犬がいるということだけで絶対幸せな日々だったと思い返すときがきっと来ることを知っている。犬はまだまだ元気な盛りでこんなこと考えるのは気が早いにもほどがあるが、それにしたって犬が来てもう二年も経ってしまったのだ!そのことを思うと泣けてくる(現に今これを打ちながら私は泣いている)。
時の過ぎるのはあまりに早く、なんでもないような日々が続いていってもう二年経ってしまった。私だってその分歳をとっている。犬の時間は人間より早く過ぎる。そのことを考えると泣いてしまうので考えないようにしている。でもきっと人間の言う「ちょっと待ってて」の「ちょっと」は犬にとってはこちらが思うよりずっと長い時間なんだろう。10分くらい別の部屋にいただけでも、顔を見せると尻尾をぶんぶん振ってくれるのだから。
いつか必ず取り返したくなるようなかけがえのない日々を今送っていて、そのことはよくわかっているはずなのだけど、日常に忙殺されているとそのことを忘れてしまう。時々自己嫌悪に陥ったりもする。もっと犬を大切にしてあげたいのに余裕がなくてできない、というのは言い訳に過ぎない。そんなダメな飼い主でも犬はよく懐いてくれて、例えば犬が寝ている側に私が座ると薄目だけあけて、大儀そうにもそもそ動いてこちらへ寄ってきて、身体のどこかしらを私にくっつけて、ふん!と鼻息をひとつ突いてまた眠り出す。寝ている犬の身体は暖かくて重い。可愛いなあ、と思う。私にくっついて安心するならいくらでもくっついておいで、という気持ちになる。
こういう、ものすごく大切で、守りたくて、失いたくない、幸せでいて欲しい存在ができたということは、人生のエポック(違国日記より)でもある反面、責任の重たさも相当感じる。こと犬に関しては、幸せでいてもらうためにはなにより私達飼い主が健康でいて、十全な飼育をし続けないといけないわけだから。

冒頭に書いた愛おしさと疎ましさについて今一度考えて見ると、それは相手が人間にせよ犬にせよ、次のような要素からなのではないかなと思う。愛おしいとか大切だとか思えば思うほど、その対象や関係が永遠ではないと思い知ること。それに加え、そうした関係には自分が相手に対してしなければならない義務やしてはいけないタブーというのが必ずあるわけで、そうした責任や縛りが自分に対して発生すること。でもその責任や縛りが必ずしも不愉快な訳ではなくて、重たいけれども信頼を感じるものでもあり、だからなんとなく、それをもにょもにょと言葉にしようとすると、「疎ましさ」という言葉になるのだけれど、だからといって手放したいわけではないということ。ただ、ときどきまとわりつくような生暖かい湿っぽさを感じてしまう、それは私の性分だろう。そして犬が家に来て、少なくとも犬の与えてくれる生暖かい湿っぽさを私は愛することができる、と知った。犬にはきっと伝わらないと思うのだけど、犬はいるだけで私を救ってくれる、それは例えばそういう面においてだ。私は犬を心から、掛け値無く愛し慈しむことができる自分を発見して、結構救われた。

犬ののろけをたくさんしようとしたのになぜか大真面目な犬賛歌となってしまった。でも、何となくずっと心の中にあって触れると泣いてしまうから書けなかったことを文章にできて少しほっとしています。ジュン・チャンにあててだから書けたのだと思う。ありがとう。

これだけだとうちの犬が爆裂元気であることは伝わらないと思うので最後に少し書き添えると、最近雨漏りを直しに来てくれた大工さんが我が家のあちこちをついでに検分してくれたのですが、犬由来の破壊が少なくとも二カ所ありました。壁を食わないでくれ。ドアに体当たりもしないでくれ。犬、ドアに体当たりして寝室に入り、寝室のベッドの下をくぐり抜けて隣室への柵を鼻でこじ開けて妹のリモート仕事部屋へ突入する経路を最近発見したのですがその間10秒ほどなのでだれも捕まえられない。神速。バーン!!!テケテケテケ!!!ガシャガシャガシャ!妹の元へ犬光臨!といったスピード感(伝わって欲しい)。元気。